修行日記」カテゴリーアーカイブ

練習記録

少林寺拳法の朝練をしています。
続ける手段として練習記録をつけ始めました。
今日で80回目。
ただ、練習内容を記載するだけです。
学生時代は水泳部だったのですが、当時は「ノート」に練習メニューを書いていました。
今回の練記録は、ブログです。
朝練後にブログに練習内容をアップ。
このブログのURLは誰も知りません。
読者は私一人。

手帳ダイエットという言葉を聞いたことがあります。
食べたものを手帳に記していくだけ。
これだけで、「何を食べるか」を意識するようになって、結果としてダイエットにつながるそうです。
今回つけ始めた練習記録も同じような効果を狙っています。

ただ、現在のメニューは3パターンしかなく、これをローテーションで行っているので、記入といってもただのコピー&ペーストです。

好きなことでもキツイ

「好きなこと」はいつの間にか継続してしまうので、努力を意識することなく向上する、なんてことを耳にしたことがあります。
ゲームが好きな子供は1日中ゲームをしていても飽きることがない、という理論です。
本当でしょうか?
この理論に異を唱えると、「いや、途中で止めるようなら本当に好きなわけではないのだ」といった声が聞こえてきそうです。

私はこの理論に疑問を持っています。
どんなに好きなことでも、「自分の能力以上の段階に上がってレベルを落とさないように継続する」となると、きつい面が出てくるのではないかと思っています。
「好きこそ物の上手なれ」という言葉がありますが、好きだからレベルが上がる。
でもレベルが上がると、いくら好きでもキツくなってくるのではないでしょうか?

昨年、反動懸垂の数を2倍にしました。
キツイ。

打って反省、打たれて感謝

アメリカに出張に行ったときに、現地の人に「拳法をやっているんだって。見せてよ」と言われました。
困った、見せる技がない...
一応、型はあるのですが、私の型はとても見せられるようなものではありません。

そこで「日本の武道は他人に見せるものではない。一種の哲学だ」と言いました。
すると、息子に空手をやらせている彼は「武道が哲学ってどういうことだ」と訊いてきます。
次のように説明しました。
「突きを入れられたら、隙があったということだ。相手が隙があったと教えてくれたのだ。だから我々は突きを入れられたら感謝をする。突きを入れたほうも突きを入れられたほうもお互いに礼をする。」
彼はこの説明が気に入ったようで、「武道が哲学であるとは聞いていたがはじめてその意味が分かった」としきりに頷いていました。
次の日の朝、彼は息子にこの話をしていましたので、この話がとても気に入ったのでしょう。

ちなみに私は「打って反省(本当に正しい心で無駄なく打ち込めたか常に自己反省すること。)」のほうも気に入っています。

打って反省、打たれて感謝は剣道の言葉らしいのですが、剣道は精神性で一歩先を行っている武道なのだと思います。

8日ぶりの朝練

6泊8日でアメリカに出張に行ってきました。
8日間朝練ができない。
不安でした。
反動懸垂もやっとできるようになってきたのに、この8日間休んでしまっていいのか?
帰国の翌朝、不安な気持ちで鉄棒に向かいました。
ここで必要なるのが勇気。
勇気を振り絞って鉄棒に向かいました。

なんと、身体が軽い。
身体が動きます。
この8日間、いい休養になったのだと思います。

ちょっと自信がつきました。
8日間休んでも、衰えていなかった。
「急いで身に付けたものは失うのも早い」と言います。
反動懸垂の回数を2倍にして、半年が経ちました。
苦しみながらなんとかこなしてきた。
8日間休んでも衰えなかったということは、身に付いてきたと考えてよさそうです。

獲得したものを失う不安と、獲得したものは簡単には失わないという自信を体験しました。

スランプ

最近、朝練がうまくいきません。
反動懸垂がうまくいかない。
ストレスです。

でも、
「素質がないのだから、多くを求めない」
「修業はずっと続くのだから、スランプの時期があってもいい」
と思うことにして、何とか続けています。

1か月前は絶好調だったのに...